考古学・埋蔵文化財における情報処理のワークフローと実践

石井淳平
8 min readMay 19, 2019

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2019年5月19日に行われた日本考古学協会セッション7の参加報告です。

セッションの趣旨

考古学の情報が多くなると同時に、作業現場でのデジタル化が進んでいる。しかし、今までの作業の流れをアドホックに置き換えていくだけでは、従来のワークフローよりも手間がかかってしまう。結局、「デジタル技術は使えない」という話になってしまう。

本セッションではさまざまな選択肢や応用例を示して、そうしたことを考えるきっかけにしていただきたいと考えている。

「全国遺跡総覧」の登場で考古学情報の公開がすでに現実化している。これまでは発掘調査成果を蓄積することが我々の仕事だったが、利活用の重要性が高まっている。公開・活用にかかる前提技術としての情報技術と位置づけている。
私たちは一次情報の生産者であり、それがないと考古学は始まらない。一次情報生産者が適切に情報を利用可能な形で供給することが、考古学研究が進む原動力となっている。

野口報告 考古学・埋蔵文化財行政と情報処理:ストックとフローの観点から

考古学は発掘調査が蓄積され、ストックが増えることが成果として認められてきた。しかし、近年では蓄積だけではなく、利用されることに意義があるという考え方が強くなっている。考古学情報のストックだけではなくフローを増加させることで価値や意義も増大していく。

フローを増大させる場合に考えなければいけないことは、流通しやすくすること、透明性があること、オープンであること、再利用性、再現性があることなどが上げられる。考古学情報を誰が扱っても同じ結果が得られることが重要だ。

考古学は情報密度が低い。それらの低い情報密度を何らかの形で高めて、意味や価値を再発見する学問ととらえている。考古学に関わる情報をできる限り記録し、大量にある情報をつなぎ合わせて過去を復元する。

IT活用の効用として、シームレスな取扱が可能となる点を指摘したい。手戻りがあった場合にスムーズに対応できる。実測図以外に使用できる中間過程を異なる他の用途にも使用することもできる。「モジュール化する作業」がキーワードとなる。

データの標準化をめざすにあたり、有償の商用ソフトは固有のデータ形式をもっているため別のソフトで作業する際にデータのシームレスな運用が妨げられるケースがある。.csvや.txtを推奨する。データの中身と表現を切り分けることが重要だ。

作業図や集計表、メモなどの原データはどこに行ってしまうのか。最終成果物に対する中間成果物が圧倒的に多く発生する。海外では中間成果物や分析結果などは論文本体とデータ類を分けることが常識となっている。

考古学情報が誰でも見られる、アクセスできる状況を作り出されつつあるが、全国遺跡総覧に掲載されていない報告書は「ない」ことになってしまう。これまでは専門家が報告書を読んでその内容を概説書としてまとめて一般の人に届けていた。考古学情報へのアクセスが開かれることで、付加価値化を一般の人達も担うことになると考えられる。

水戸部報告 発掘調査から報告書刊行のワークフローと実践

調査の効率化をめざしてデジタル化を試みた。当財団の調査費用は全て委託料となっているため、調査機材はすべてリースで維持されている。

使用機材のうちコンピュータについては、予算の許す範囲で高性能なものを使うことにしている。パソコンが安くなったと言われているが、使い物にならないパソコンが増えてきているという認識だ。もっさりとした動きや時間のかかる処理で作業が遅れてしまうことは避けたいと考えている。

2004年ごろにオルソ画像の出力を外注していたが、煩雑な作業だったのでやめていた。フォトスキャン(現MetaShape)の登場で再度デジタルカメラによる三次元データ作成を行うようになった。遺構平面図のトレース原図となるオルソ画像を出力している。3次元データそのものは未活用であり、今後の課題だ。

低湿地の遺跡や崩落危険のある遺構の測量では、これまで危険性や作業時間が膨大にかかることから、詳細な実測図の作成をあきらめていた状況でも、写真さえ取れれば図化が可能となった。
脆弱な遺物について非接触の方式で実測できる点でもsfmは優れているといえる。

デジタルカメラはRAWデータで撮影し、TIFF形式で保存する。カラーキャリブレーションができるモニターでチェックしながら現像することが大切。

木村・宮本報告 埋蔵文化財行政におけるデジタル記録の活用

熊本県では近年、災害で大きな被害を受けた。とくに古墳が被害を受けており、石室の被害状況確認に3Dデータの有効性が確認された。

被害状況が報告されたとしても、地震被害かどうか確定できないものが多い。石材の落下やハラミなど以前から生じていた可能性もあった。
装飾古墳は昭和50年代に調査が終了し、保存施設を設置し中に入っていない。実測図も片面しかない場合もあったり、写真も主なところしか撮影されていないので、記録が不十分だった。

井寺古墳はたまたま大量に写真を撮影しており、360度誰でも客観的にみることができた。被災前と被災後のデータを確認することで、どこの石が何センチ動いたのかということまで確認できる。熊本県内で3Dデータを持っているところが2箇所の古墳しかなく、それ以外は被災前後の比較はできない状況だった。3次元データを定期的に撮影することで石室の経年劣化や維持管理に役立てることができる。

Sketchfabというウェブサービスで3次元データを無料で公開配信できる。Sketchfabからリンクを貼ってウェブページへの埋め込みが可能になる。QRコードにより、Sketchfabの3次元モデルを閲覧できるようにしている。
VRモードで石室の中にいるようなVR体験ができるようになる。

3次元ソフトは熊本県の小規模自治体では購入は難しいところもあるようだ。そのため、2016年にCMAQ(クマック)を立ち上げ文化財3次元記録作成を無償で支援している。将来的には県が業務として支援できることが望ましいと考えている。(ここまで木村報告)

遺跡地図は法第95条で定義されている。これまでは印刷物として刊行されており、それをもって「周知」の責任が果たせたものと理解してきた。一方、阿蘇市では合併前の自治体の状況によって様々な遺跡地図があり、合併後の自治体では異なる縮尺の遺跡地図が運用されている。
現在は「くまもとGPMap」という熊本県と市町村が運用するGISに遺跡位置や範囲をアップロードしている。

文化財災害への対応について、被災箇所と文化財の位置を重ねて復旧工事にかかる埋蔵文化財調査の可能性を早期に把握した。

石井報告 考古学情報の再現可能性〜バージョン管理システムGitを利用した調査データの管理と公開〜

当日口頭発表原稿

当日発表スライド

高田報告 デジタル技術を活用した発掘調査報告書のアクセス性向上の試行

現在の印刷工程では発掘調査報告書刊行時にほぼ自動的にPDFデータが生成される。それらのデータが増大しており、誰かが整理しなければならない。「情報が多すぎて探せない」状況は、すでに1970年台から指摘されている。考古学では報告書のタイトルと中身を一致させることが難しく、「自分が読むべき報告書」を探すことが難しい。

現在、「全国遺跡総覧」は2万3千冊18億文字が登録されている。これらの文字を3秒で全文検索できる。1988年に田中琢さんが考古学シソーラスの必要性を考えている。同じものをさす用語でも送り仮名の違いや表現の違いでコンピュータの検索対象にならない。

「類似報告書」の概念でよく似た報告書を表示する機能が実装されている。インターネット上の買物とよく似たサジェスチョン機能となっている。

現在、画像認識技術により、用語だけではなく画像で検索できる仕組みを準備している。AIによる画像認識技術を利用し、類語が多く検索語を一意に決め兼ねる場合でも、画像がマッチングできれば必要な情報にたどり着けるのではないかと考えている。

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石井淳平

文化財保護、博物館について地方自治体職員の立場から意見を述べます。富山大学人文学部卒業(考古学専攻)、北海道埋蔵文化財センター、厚沢部町教育委員会、厚沢部町役場