遺跡地図と遺跡予測

石井淳平
Jul 26, 2024

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令和6年8月刊行の『月間文化財』(731号)では、特集「遺跡把握の新技術」が組まれました。

高精細なLiDAR点群データを用いた微地形表現(河合ほか)や地形判読(中島ほか)、AI技術を用いた古墳の抽出(高田)、GISソフトウェアとフォトグラメトリ・RTKを組み合わせた文化財調査記録作成(宮本)など「新技術」でありつつ、すでに現場で運用され、しかも比較的安価に導入可能な技術が紹介されている点で、導入を検討されている機関には参考になるところが多いのではないかと思います。一読をおすすめします。

遺跡地図の二段階運用

この特集で私が注目したのは文化庁調査官が執筆した一連の記事です。桑波田文化庁調査官は、周知の包蔵地以外に「埋蔵文化財が所在する可能性がある区域」を設定し、に段階の運用として遺跡地図等に掲載するべきことを示唆しています(pp. 8–11)。これは遺跡地図を予測地図、すなわち一種のリスクマップとして機能させるべきという意見の表明と考えられます。

埋蔵文化財把握と遺跡予測

大澤調査官は高田らのAIによる古墳抽出技術を地上に顕在化した文化財把握に注目するとともに、地下に潜在的文化財の把握と予測は課題が多いとします(pp. 48–49)。しかし、各種の調査成果や地形などを考慮にいれ、AIによる機械化・自動化により予測する可能性について言及しています。また、必要なデータセットの見極めも検討が必要と述べています。

令和6年度文化庁事業による遺跡予測の検討

芝調査官は文化庁が進める「発掘調査のイノベーションによる新たな埋蔵文化財保護システム構築のための調査研究事業」の令和5年度成果を紹介します(pp. 4–7)。令和5年度は航空レーザー測量データを用いた埋蔵文化財把握にかかる調査研究を実施し、航空レーザー測量データと微地形可視化手法の組み合わせが有効であることを確認したといいます。

この成果を踏まえ、令和6年度は既存航空レーザー測量データを用いた文化財把握にかかる実証実験のほか、AIや遺跡存在予測についての調査研究を進めることとしています。

遺跡予測のハザードマップ利用

実は、遺跡予測のハザードマップ的利用は2006年に津村宏臣さんが提唱されています(津村宏臣2006「遺跡立地の定量的解析と遺跡存在予測モデル-遺跡存在はどこまで予測可能か-」『実践 考古学GIS 先端技術で歴史空間を読む』NTT出版, pp. 248–268)。津村さんの問題意識は遺跡立地を演繹的にとらえることであり、再現性のある検証可能な手法として遺跡分布・予測を位置づけようとすることでした。遺跡予測によって「遺跡存在可能性ハザードマップ」の作成が可能であり「研究としての学術情報が、行政的マネージメント融合した新しい基軸」になるとする津村さんの視点の延長上に今回の特集が位置づけられると私は考えています。

まとめ

文化庁が遺跡予測を遺跡把握の一環として取り入れようとすることや、遺跡地図を予測地図として運用しようとする姿勢は、非常に頼もしく感じます。担当者のマンパワーに頼って埋蔵文化財保護を進めることはこれまで以上に難しくなる一方で、客観的な説明が求められる場面はますます増えています。そのような状況で、遺跡存在を客観的なデータから捉え、それを埋文業務に活かすことができれば、業界のマンパワーをより積極的な文化財保護や活用に振り向けることも可能です。文化庁にはこの研究成果を広く自治体に還元する手段を講じてほしいと期待します。

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石井淳平

文化財保護、博物館について地方自治体職員の立場から意見を述べます。富山大学人文学部卒業(考古学専攻)、北海道埋蔵文化財センター、厚沢部町教育委員会、厚沢部町役場