「これからの埋蔵文化財保護の在り方について(第一次報告書)(案)」を読む

石井淳平
Jul 8, 2022

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2022年6月20日、文化庁は「これからの埋蔵文化財保護の在り方について(第一次報告書)(案)」に関する意見募集を開始しました。報告案の内容を概観する限り、未指定の埋蔵文化財を「指定相当」、「非指定相当」、「不明」の3段階に区分し、「指定相当」の埋蔵文化財についてリスト化し、万が一保存に影響を及ぼすような状況が生じた場合には、「技術的な指導・助言を行う」こととするものです。

埋蔵文化財保護制度の特徴

埋蔵文化財は不可視の文化財であることがその特徴であり、一定水準以上の調査を行わなければ、その重要性や範囲を示すことが難しいものです。このことは報告書案においても指摘されています。

開発事業に先立つ記録保存調査によって、重要な埋蔵文化財であることが初めて明らかになる例も多く」(p3)

埋蔵文化財のほとんどは、土地に埋蔵された状態にあり、発掘調査を行わなければ、その正確な範囲や内容はわからず、周知の埋蔵文化財包蔵地を避けて事業を計画したとしても、予期せぬ埋蔵文化財包蔵地の発見を完全には回避できない(p4)

埋蔵文化財のこうした特性により、埋蔵文化財の保護は開発者の届出義務にとどまる「ごくゆるい規制措置」( 若槻 2003: p19)と評価されます。

埋蔵文化財保護制度は「周知の埋蔵文化財包蔵地」においては文化財保護法93条第1項に定める60日前の届出と、同条第2項に定める「必要な事項を指示する」ことにより、記録保存等必要な措置を行うこととなっており、また、法第93条第2項に定める「指示」は行政指導の範疇であり、法的拘束力はないとするのが通説です(文化庁 1977、若槻2003, 前掲: p25、 判例時報116号, p20)。

「ごくゆるい規制措置」による埋蔵文化財保護

報告案の趣旨は、埋蔵文化財について(1)事前調査を進め、(2)埋蔵文化財を3段階にランキング、(3)「史跡指定に相当」する埋蔵文化財についてリスト化し、(4)それらの保存に影響を及ぼすような状況が生じた場合に「技術的な指導・助言」を行うものです。すなわち、リスト化とリストを根拠とした「技術的な指導・助言」により重要な埋蔵文化財の保護を図ることになります。

しかしながら、リスト化された埋蔵文化財は法的にはあくまでも埋蔵文化財であり、「93条第2項の「指示」が「命令」に当たるという文化庁の解釈は、法律専門家からすれば無理筋というほかない」(椎名 2015)とされることから、その保護は「ごくゆるい規制措置」を超えるものではないと考えられます。

本来、文化財保護法による現状変更の規制は、法第109条の指定によるべきであり、適切な調査と法令に基づいた判断によって行われるべきものです。埋蔵文化財保護を達成するためには、まず史跡指定が重要であり、当該埋蔵文化財の普遍性に応じて国、都道府県、市町村が指定を行うべきであることは報告案にも示されています。

「ごくゆるい規制措置」の限界

埋蔵文化財保護における「ごくゆるい規制措置」の限界は、事業者と行政との事前協議が破綻し、記録調査なしに着工された「海老ヶ作貝塚事件」で露呈し、「未指定史跡は破壊してしまえば勝ち」という現実が明らかになりました( 椎名慎太郎 2015, 前掲, p9)。

埋蔵文化財の補償問題

本来、開発行為を含めた所有地での経済活動を、法的規制によらず制限・断念させる場合には一定の補償が必要となることは常識と考えられます。ナショナル・トラスト運動はそのような常識を全手にするものであり、我が国の遺跡保護においても、いたすけ古墳のようにナショナル・トラスト的な保存運動が行われたことがありましたが( 宮川 2014)、そうした補償の仕組みは、史跡指定後の公有化の国庫補助を除いて、我が国の埋蔵文化財保護制度には取り入れられていません。

懸念される埋蔵文化財保護の信頼低下

報告案はリスト化された埋蔵文化財の取り扱いについて次のように述べます。

リストに搭載された埋蔵文化財の保存に影響を及ぼすような状況が生じた場合には、地方公共団体の要請も踏まえ、文化審議会への意見徴収等も含め、その価値に係る知見の提供や技術的な指導・助言を行う(p17)

報告案の検討の背景として「現状のまま保存すべき埋蔵文化財については、適切な手段を講じる必要がある」(p3)とされていることから、「技術的な指導・助言」には開発行為の断念や計画変更が含まれると解されます。

本報告案の「リスト化」による「技術的な指導・助言」は、埋蔵文化財の「ごくゆるい規制措置」を放置したまま、また、補償制度などの改善策を伴わず、「無理の上に無理を重ねた」運用が想定されます。「「周知の埋蔵文化財包蔵地」の範囲の不明確性は、それ自体が制度上の課題であり運用上の困難を招くだけでなく、保護制度を弱めることにもつながる」との指摘もあり( 久末 2017, p16)、行政指導による規制の強化は、地方自治体担当者の負担増加や国民の埋蔵文化財保護制度への信頼低下が懸念されます。

文化財活用地域計画との整合

埋蔵文化財保護は「地方公共団体が主体となって行うことが適切」(p6)とされ、現に地方公共団体によって開発事業にかかる事前協議や記録保存調査が行われてきました(椎名 1994, p133)。これに対し、報告案は、地方公共団体が主体となって行う埋蔵文化財保護事務に国が一定の関与を行う際の道筋をつけたものと評価できます。

地域計画による未指定文化財を含めた地域の文化財の保護

一方、平成31年4月の文化財保護法改正では市町村が作成する文化財保存活用地域計画(以下「地域計画」)が定められ、「地域社会総がかりによる文化財の次世代継承」の取り組みが図られるとされました( 文化庁 2021, p1)。地域計画では、域内の文化財をリスト化し、それらにかかる滅失・散逸等の課題や問題意識を記載し、文化財指定等の取り組みを進めることとされています。

文化庁担当者であった水ノ江和同も次のように述べ、埋蔵文化財保護における地域計画の重要性を評価しています。

こういった一連の検討が適切に実施されない限り、記録保存調査のルーティン化や、それに伴い繰り返される地域住民をも巻き込んだ遺跡の保存問題は避けられない」として、遺跡の現状保存を達成するための手段として地域計画を位置づけています( 水ノ江 2021, p87)。

地域計画における未指定の文化財を含めた保護と活用は、報告案における未指定の埋蔵文化財のリスト化の取り組みと重なりつつ、地域の文化財について、より広く保存と活用の在り方を検討し、単なるリスト化にとどまらないものといえます。

問われる地域計画との整合性

しかしながら、報告案では地域計画に触れることなく埋蔵文化財のリスト化による保護の仕組みが示されます。結果として、その内容は地域計画と重複するところが多く、「劣化した地域計画」との印象が否めません。このことにより、1.地方公共団体における一貫した文化財保護達成への支障、2.地方公共団体の負担増、3.国と地方公共団体の役割分担が曖昧になる恐れがあります。

意見

以上を踏まえ、報告案に対する私の意見は次のとおりです。

「ごくゆるい規制措置」によらない埋蔵文化財保護

行政指導のルール化

  1. 埋蔵文化財の確実な保護は史跡指定によるとの前提に立ち、リスト化による曖昧な法的根拠に基づく「技術的な指導・助言」の運用について再考すること
  2. 93条第2項による行政指導の内容を類型化し、その効力が行政指導としての限界を超えないものであることを明記すること

史跡指定事務の簡素化

史跡指定において、相続登記がなされず放置されているケースなどでは地権者の同意を得ることが困難となり、指定事務を完遂できないケースも考えられる。地権者の同意を不要とすることなど、史跡指定事務の簡素化等の方策を明記すること。

指定事務経費の支援

史跡指定には測量や事前調査等の経費を必要とする。このうち、事前調査については埋蔵文化財緊急調査費国庫補助が活用できるが、一筆の一部を指定する場合等における測量等の経費は自治体負担とせざるを得ない。

  1. 指定事務経費の支援を可能とする国庫補助制度について検討すること
  2. その際、市町村指定についても支援対象とすること

地域計画の積極的な活用

文化財保存活用地域計画への言及

未指定文化財を含めた地域の総合的な文化財保護の主体は地方公共団体であるとの認識に立ち、埋蔵文化財保護における地域計画の役割を明記すること。

文化財保存活用地域計画策定への支援

未指定の文化財の保護・活用については、地域計画の策定がその端緒となることから、文化庁指針改訂も視野に入れつつ、これを積極的に活用することが必要である。地域計画策定にかかる支援強化について言及すること。

参考文献

椎名慎太郎 1994『遺跡保存を考える』岩波新書

椎名慎太郎 2015「遺跡保護制度の改善のために:最終的提言」『山梨学院ロー・ジャーナル』第10号, pp. 1–25

東京高判昭和60年10月9日, 判例時報116号

久末弥生 2017『考古学のための法律』日本評論社

文化庁 2021『文化財保護法に基づく文化財保存活用大綱・文化財保存活用地域計画・保存活用計画の策定等に関する指針』

文化庁 1977 『文化庁月報』111号

水ノ江和同 2021『実践 埋蔵文化財と考古学ー発掘調査から考えるー』同成社

宮川渉 2014「森浩一の考古学ー遺跡保存をめぐる実践と理念ー)」『同志社大学歴史資料館報』第17号, pp. 9–24

若槻勝則 2003「埋蔵文化財の保護と発掘調査費用原因者負担主義」『現代社会文化研究』№26, pp. 17–33

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石井淳平

文化財保護、博物館について地方自治体職員の立場から意見を述べます。富山大学人文学部卒業(考古学専攻)、北海道埋蔵文化財センター、厚沢部町教育委員会、厚沢部町役場