江別市郷土資料館の資料廃棄問題が露わにした職業倫理とドキュメンテーションの不在

石井淳平
Nov 5, 2023

--

資料廃棄とドキュメンテーション不在

令和5年10月13日、江別市郷土資料館が約40年前に市民から寄贈を受けた民具約600点を廃棄したことが明らかとなり、市民団体が公開質問状を提出する事件が起こりました。江別市教育委員会は10月16日付で「おわび」文書を市HPに掲載しました。

拙速な評価は慎まなければなりませんが、10月26日付市民団体への回答書や10月27日開催の江別市教育委員会提出資料では次のような問題点が列挙されています。

  1. 昭和59年以前の受け入れ台帳未作成
  2. 資料台帳に収蔵場所の不記載
  3. 廃棄資料に関する調査の未実施
  4. 廃棄リストの不在
  5. 資料廃棄の決裁文書の未作成

江別市教育委員会自身が明らかにした一連の瑕疵を一言で表せば「ドキュメンテーションの不在」です。資料の台帳登録を起点とし、所在場所の記録、廃棄リスト作成に至るドキュメンテーションの不在が資料廃棄問題の根底にあります。

完備率44.8%の資料台帳

ドキュメンテーションとは資料の収集・受け入れから管理、除籍までの一連の手続きを文書化して保管する作業工程(金山2022a:25)で、台帳登録は博物館におけるドキュメンテーションの最初の段階に位置づけられます(田窪1999, 金山2022a)。台帳登録はその後の資料管理の基礎となるとともに、当該資料が博物館資料となったことを公的に確認する役割も果たします(倉田ほか1997:164)。これは資料の廃棄も含めたプロセスの起点となるものであり、博物館の「保管」機能を達成するための必須の作業ですが(石井2023)、日本博物館協会による調査では資料台帳が完備されている博物館は44.8%に過ぎません(日本博物館協会2020)。

さらに日本の博物館におけるドキュメンテーションの統一化は進んでおらず(八重樫1998)、「スペクトラム」による標準化が進んでいる英国とは大きな格差が存在します(松田2022)。

博物館の倫理と資料廃棄

江別市郷土資料館の資料廃棄問題を突き詰めていくと博物館関係者の職業倫理の問題に帰着します。博物館は「社会的共通資本」(宇沢2000:239)であり、そこには適切な職業倫理が求められます(佐々木2020, イコム日本委員会2004)。中でも資料廃棄にあたっては強い倫理規定が必要です(金山2022b)。江別市郷土資料館の例に即して言えば、少なくとも廃棄リストや決裁文書の不在は、一般的な行政行為としても不適切ですし、その根底に職業倫理の欠如を認めざるを得ません。

資料廃棄問題が露わにした課題

江別市郷土資料館の資料廃棄問題は、我が国の多くの博物館で起こりうる問題です。職業倫理の欠如ドキュメンテーションの不在は江別市郷土資料館だけの問題でないことは、資料台帳の完備率から明らかです。

これほどまでに博物館関係者の職業倫理とドキュメンテーションの不在が顕在化した事例も珍しいかもしれません。しかし、令和4年の博物館法改正の背景の一つとして「博物館の基本的な在り方を規定する博物館法の改正」(日本学術会議史学委員会博物館・美術館等の組織運営に関する分科会2020:1)があり、「みんな違ってみんな良い」博物館行政不在が疑問視されてきたことも事実です。

今回のケースはそのような疑念が「運悪く」顕在化しただけなのかもしれません。しかし博物館の倫理を改めて規定し、ドキュメンテーションの標準化に向けた議論を進めなければならないと感じました。

引用文献

石井淳平 2023「誰もが資料にアクセスできる博物館〜資料台帳のデータベース〜」『デジタル技術による文化財情報の記録と利活用』5, 奈良文化財研究所研究報告第37冊, pp. 169–177
イコム日本委員会 2004『イコム職業倫理規定 2004年10月改訂』国際博物館会議
宇沢弘文 2000『社会的共通資本』岩波新書
金山喜昭 2022a「博物館の収蔵資料の処分について」『日本の博物館のこれからⅣ』 大阪市立自然史博物館, pp. 91–107
金山喜昭 2022b「序章 コレクション管理の考え方と方法」『博物館とコレクション管理-ポスト・コロナ時代の資料の保管と活用-』雄山閣, pp. 8–29
倉田公裕・矢島國雄 1997『新編博物館学』東京堂出版
佐々木秀彦 2020「博物館関係者の倫理規程 国内外と類縁機関の現状」『日本の博物館のこれからⅡ-博物館の在り方と博物館法を考える-』大阪市立自然史博物館, pp. 59–77
田窪直規 1999「Ⅰ 博物館情報概説」『新版・博物館講座第11巻 博物館情報論』雄山閣, pp. 3–28
日本学術会議 史学委員会 博物館・美術館等の組織運営に関する分科会 2020『提言 博物館法改正へ向けての更なる提言~2017年提言を踏まえて~』日本学術会議
日本博物館協会 2020『令和元年度 日本の博物館総合調査報告書』
松田陽 2022「イギリスのコレクション管理制度」『博物館とコレクション管理-ポスト・コロナ時代の資料の保管と活用-』雄山閣, pp. 70–79
八重樫純樹 1998「人文系博物館における資料ドキュメンテーションの諸問題」『情報の科学と技術』48巻2号, pp. 68–73

--

--

石井淳平

文化財保護、博物館について地方自治体職員の立場から意見を述べます。富山大学人文学部卒業(考古学専攻)、北海道埋蔵文化財センター、厚沢部町教育委員会、厚沢部町役場